Best teachersの講義見学

昨日、学生の評価で上位の先生方の講義を見学できるとのことで、病理の先生の講義を聴きに行った。学生の評価に際して、われわれの講義の評価がなぜか数名の学生しか回答していないアンケートをもとに採点されるのは代表性を欠く評価結果だと憤慨してはいるものの、Best Teachersの講義を見せてもらえること自体はよいことだと思う。学生時代にはMuirのPathologyをただ読んで解説していく先生がいて閉口したものだったが、その先生が退官された後、新しい教授はRobinsを使っていてずいぶん分かりやすい教科書があるものだと感心した覚えがある。本学の先生の講義も英語で書かれたアウトラインを元に基本用語を解説しつつ、基本概念を整理していく説明は分かりやすいと思った。
 予防医学産業医学、環境医学の分野をこういうクリアカットな説明で教えることができるだろうか。基本概念を教え込もうとすると、病理の各論や臨床医学の各論でのメカニズムの魅力と比較されるし、多彩な分野を詰め込もうとしすぎると幕の内弁当と揶揄されるが、応用医学のつらいところでもある。患者を診る臨床家としての目と職場や地域の健康な集団を対象としてみる公衆衛生の目をもっていなくてはできないのだが、Public health mindを持った医師を育てるといってしまうと妙に抽象的で、反メカニズムのような路線に進んでしまったりする。
 若い頃は、疫学が公衆衛生の骨だと思って疫学ばかりを重視したものだったが、実際に疫学研究をやろうとすると疾病の頻度測定はしなくてはならないし、曝露の評価もしなくてはならない。疾病の頻度測定のためには臨床医学的検査を熟知していなくてはできない。自分が専門とする分野については、内科医、放射線科医、病理医がどのように診断を下すのかを知っていなくては研究を進めることができない。欧米での職業環境医学がかなり臨床的意味合いが強いのは実際にやってみるとうなずける。
 Public Health Mindを持った医師というのが、案外、臨床科出身の医師であったりする。予防医学にも疾病の側から健康に迫っていくアプローチもあるし、健康の側から疾病に迫っていくアプローチもあるのでそれぞれの強みを発揮しさえすればよいのだが、個人的には臨床医学を知っているほうが予防医学に携わるうえでよいと思う。そういう意味では現在の臨床研修制度は予防医学に進むものにとっては有利だといえる。
 臨床医学は診断、治療のどの面をとっても圧倒的な魅力がある。これぞ医学!という感じだ。予防医学を志していても、臨床医学の魅力に取り付かれて戻ってこない人もいる。戻ってくるかどうかは、個々人の患者さんに対しての対応も大切だが、同じ要因によって病気になる可能性のある集団に予防策を打っておきたい、そうしてこの病気を根絶させたいとするPrevention予防策の重要性に気付くかどうかだと思う。そういう面では糖尿病の治療に携わりつつ、地域の糖尿病予防対策に力を入れる内科医や肺癌治療に携わりつつタバコ対策に力をいれる外科医は公衆衛生の最前線を行く人たちだ。私もじん肺の患者さんも診るし、従来からあるじん肺分類の教育・普及を行い、新しいスクリーニング法を開発し、それを使って研究を進めているつもりなので、予防医学の最前線を行っているつもりでいる。そういうことが伝わるような講義というのが今できることかなと思う。