過重労働・メンタルヘルス対策など

 産業保健でのトピックスの一つが作業関連疾患だが、これはかつての成人病(成人の主要死因となる疾病)や今言う生活習慣病(lifestyle disease:死因となる疾病に加えその素地を作る基礎疾患も含めて生活習慣にリスク要因のあるもの)とかなり重なる概念である。従来、職業病というのは主に重工業や旧来型の肉体労働の中で特異的に発生するものをさしていたが、作業関連疾患というのは第三次産業も含めて様々な就労形態に応じて出現し、作業によって発生するか、作業によって増悪するものを言う。したがって、私傷病として持っている疾患であっても作業によって増悪するならば作業関連疾患ということができるのである。
 この中で特に注目されているのが過重労働である。以前は直前一ヶ月などの直近の過大な残業などのみが過重労働とされてきたが、現在は月100時間以上の残業があるか数ヶ月にわたり月80時間以上の残業をしている場合を指すようになった。それが心身に過大な影響を及ぼして疾病を発症、あるいはかかっていた疾病が増悪し死亡に至るのを過労死、過労自殺などと呼んでいる。
 この概念は、欧米では理解困難なことでわが国における過労死、過労自殺などの概念を説明することは非常に困難だ。世界の自殺率の各国比較をみると、先進国では1位、東欧諸国を含めると10位ということだ。ロシアを含めた旧ソ連は以前から自殺率が高かったが、アルコールが原因と見られている。
 さて、わが国の過重労働に視点を戻すと、厚生労働省は残業時間によって過重労働を定義しているのだが、職務内容について裁量権や自由度などの検討は研究としてはなされているがそのことにはあまり触れられていない。定量的なものとして指標が必要だという面があるのだろうが、大規模な事業場については機械化などで時間外労働を減らすことが可能であっても、小規模事業場や研究職など時間外労働を減らすことが事実上困難な人たちもいる。
 厚生労働省は過重労働対策ではメンタルヘルスの対策を同時に行っていくことが重要だと主張しており、この主張は上記の観点から的を得ていると思われるが、4つのケアといううつ病をターゲットとした疾病対策をメインとした現在の対策では小規模事業場の問題は解決されないだろう。現在のメンタルヘルス対策を導入することだけを考えても、安全衛生といういわば後ろ向きの課題は、利潤追求を掲げる企業の経営方針からは最重要課題となりがたい。効果的にメンタルヘルス対策を進める企業では、経営陣に「メンタルヘルス対策が生産性向上につながる」ことを説明し、経営戦略としてメンタルヘルス対策を行っている。メンタルヘルスが安全衛生担当課の事業ではなく、企業の使命を達成する一つの要素として社員教育の中で取り入れられ継続的に教育される。幹部教育の中に取り入れられるという形を取っている。こういう企業ではもはや産業医や産業看護職がメンタルヘルスや過重労働を講義するのではなく生え抜きの安全衛生担当部長が企業の戦略を踏まえて講義しているのである。これは規模の大きな企業でなくてはできないやり方だろうが、企業戦略として作業関連疾患に取り組むという観点は普遍的なものだろう。
 中小企業における対策はというとこれはなかなかよい案が浮かばない。ILOの局長を務めた労働科学研究所の小木和孝氏らが推進するWISE(Work Improvement in Smallscale Industries)は安全委員会や衛生委員会などが設置されていない小規模な事業場で経営者と労働者が対話しながら作業場の問題点を気づきあい実行可能な改善策を提案し合い小さな改善事例を積み重ねていくというもので、現場密着型の対策として非常に興味深い。